あなたは大丈夫?仕事して、動画見て、寝る。それだけの毎日が続く危険性

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仕事が終わって、家に帰る。
ソファに座って、スマホを開く。
YouTubeを流して、インスタのストーリーを眺めて、
気づいたら寝る時間。

たぶん、多くの人がやっている。
少し前までの僕も、まったく同じだった。

別に悪いことをしているわけじゃない。
頑張って働いたあとの時間だし、
頭を空っぽにするのも必要だと思う。

ただ、ある日ふと気づいた。
この毎日、何も積み重なっていないな と。

今回は、
「仕事して、動画見て、寝る」
それだけの毎日が続くことの
危険性について、
自分のこととして書いてみようと思う。

目次

その時間、何も悪くない。でも「積み重ならない」

仕事終わりに動画を見る。
それ自体は普通のことだと思う。

疲れているし、
考える気力も残っていない。
スマホを開いて、何も考えずに眺める。
多くの人がやっている。

ただ、ひとつだけはっきりしていることがある。

その時間は、何も残らない

昨日も同じ夜だった。
今日も同じ流れ。
明日も、おそらく同じ。

動画を見ている間は楽だ。
でも、終わったあとに
何かが増えている感覚はない。

知識が残るわけでもない。
選択肢が増えるわけでもない。
生活が前に進むわけでもない。

ただ毎日が過ぎていくだけだ。

ここが問題だと思っている。

昔の自分も、まったく同じだった

ここまで書いておいてなんだけど、
これは誰かを責めたい話じゃない。

少し前までの自分が、
まさにこの生活をしていた。

仕事が終わって、
何も考えずに動画を流す。
インスタを開いて、
特に意味もなくスクロールする。

「今日は疲れたから仕方ない」

そう言いながら、
毎晩同じことを繰り返していた。

変わりたいと思っていたわけでもない。
危機感があったわけでもない。
ただ、流されていただけだ。

気づいたら、
一週間も、一ヶ月も、
ほとんど同じ夜で終わっていた。

当時の自分は、
それを特別おかしいとも思っていなかった。

それが一番、問題だったと思っている。

一番怖いのは「何も考えなくなること」

動画を見ている間は、楽だ。
仕事のことも、将来のことも、考えなくて済む。

頭を使わなくていい。
判断もしなくていい。
ただ流れてくるものを見ていればいい。

問題は、それが習慣になることだと思っている。

毎晩そうやって過ごしていると、
考える時間がなくなる。
正確に言うと、
考えようとしなくなる。

「このままでいいのか」
「本当はどうしたいのか」

そういう問いが、頭に浮かばなくなる。

何も考えずに終わる夜が続くと、
何も決めない日々が続く。

決めないということは、
現状をそのまま受け入れるということでもある。

それが、一番まずい状態だと思っている。

時間を奪われている自覚がないまま、日々が過ぎる

最初は、少しのつもりだった。
5分、10分だけ見るつもりで動画を開く。

でも気づけば1時間。
下手すると2〜3時間。
そして「もう寝るか」で一日が終わる。

この時間は、ほとんど記憶に残らない。

何を見たかも、
何を考えたかも、
翌日には思い出せない。

それでも時間だけは、確実に減っている

怖いのは、
時間を使っている感覚がないまま、消費していることだ。

「今日も何もできなかったな」
そう思う頃には、もう遅い。

この夜を何十回、何百回と繰り返す。
その結果、
生活はほとんど変わらないまま、年だけが増えていく。

ここまで来ると、
時間を奪われているというより、
差し出しているに近い。

それでも、何かが引っかかっていた

正直に言うと、
この生活をしている間、
ずっと不満だったわけじゃない。

動画は面白いし、疲れも紛れる。

一日くらい、こうやって終わってもいい。

でも、
どこかでずっと引っかかっていた。

この時間、
本当は何か別の使い方があるんじゃないか

はっきりした答えはない。
ただ、
毎晩同じ流れを繰り返すたびに、
その違和感だけは消えなかった。

何かを失っている気もするし、
何も失っていない気もする。

でも、
何も選んでいない時間が続いている
という感覚だけは、確かに残っていた。


この違和感の正体が何なのか。

そして、
同じ夜を繰り返さないために
自分は何を変えたのか。

その話は、
次の記事で書くのでお楽しみに

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